日々の綴りごと

イタリア旅 ヴェネツィア

パドヴァを発ち、バスで向かったのはトロンケット島。
そこから水上タクシーに乗り込み、ヴェネツィアの運河を進む。
船が波を切りながら進む音、風に乗ってくる海の香り。
まるで映画のワンシーンの中にいるような感覚だった。
やがて船はヴェネツィアの玄関口、サン・ズッカリアの船着き場へと滑り込んだ。








波に揺られながら桟橋に降り立つと、潮の香りとともに、目の前に広がる街並みに息をのんだ。
石畳の道を進むごとに、運河に映る歴史的な建物のシルエット、行き交う人々の賑わい、ゴンドラを漕ぐオールの音が、まるで別世界に迷い込んだような感覚を与えてくれる。
ほどなくして視界が開け、目の前には壮麗なサンマルコ広場が現れた。
その瞬間、ヴェネツィアに来たのだという実感が、胸の奥からじわりと湧き上がった。












「リアルト橋」
16世紀に完成したこの橋は、ゴシック様式とルネサンスの要素を融合した優美なデザインが特徴だ。
単なる交通の要所ではなく、両側に商店が立ち並ぶ独特な構造は、橋そのものを都市の一部として機能させるヴェネツィアらしい発想だ。
橋の上から眺める運河は、ヴェネツィアならではの風景そのもの。
ゴンドラや水上バスが行き交い、暮らしと観光が一体となったこの街の活気が肌で感じられる場所だった。












「メルカート魚市場」
新鮮な魚介類がずらりと並ぶ市場は、地元の人々の暮らしそのもの。
魚の鮮度や香り、交わされる言葉から、この街の生活文化の豊かさを感じた。
観光的でなく、現地の生活の風景がそこにあった。














「ドゥカーレ宮殿」
ゴシック様式の繊細な建築美に圧倒されつつ、内部の豪華絢爛な装飾と絵画の数々に息をのむ。
特に、天井全体を埋め尽くすティントレットの「天国」は、ヴェネツィアが誇る芸術の力そのものだった。
建築的には、ヴェネツィア・ゴシック様式の代表作であり、尖塔アーチやトレサリー装飾が繊細なリズムを生み出している。
宮殿の外壁に施された象牙色の大理石のパターンが、優雅さと荘厳さを両立させている点も特徴的だ。












「ため息橋」
この橋はドゥカーレ宮殿と牢獄を結ぶ通路であり、かつてヴェネツィアの裁判所で有罪判決を受けた者が、牢獄へ向かう最後の通り道だった。
名前の由来は、囚人が橋の窓から最後に見るヴェネツィアの景色に、自由を失う悲しみのため息をついたことから来ている。
実際に橋の中を歩き、窓から外を覗くと、運河の光景が切り取られるように見えた。
美しいはずの風景が、ここではどこか儚く感じられた。
暗く狭い通路を進みながら、投獄される者たちの心境を想像すると、時代を超えた重みが胸に迫ってくる。








ため息橋を外から見る。








「オリベッティ ショールーム」
カルロ・スカルパ設計
サン・マルコ広場に1958年に開設されたショールームであり、現在はミュージアムとして保存されている。
2層構造の空間で、建築素材の緻密な組み合わせと精巧なディテールワークを実現。
大理石、真鍮、木材を用いた繊細な仕上げは、ヴェネツィアの伝統的建築技法を現代的に解釈したもの。
デザイン、素材の納まり、世界観。
それらが恐ろしく緻密に表現されており、スカルパの執念を感じた。
建築をしているものとしてそれが伝わり涙がでそうになった。
スカルパの代表作として評価されている。












「プンタ・デラ・ドガーナ」
かつて税関として使われていたこの建物を、安藤忠雄氏がヴェネツィア・ビエンナーレの展示施設として再生させた。
彼の建築の特徴であるコンクリートのシャープなラインと、歴史的建造物の重厚なレンガ壁が見事に調和し、静謐な空間が生み出されていた。
歴史と現代建築の融合が、ヴェネツィアの中に新たな息吹をもたらしていると感じた。
そして何よりも、このヴェネツィアの象徴的な場所に、日本人の手による建築が堂々と存在していることに胸が熱くなった。
遠い異国の地で、日本の建築が文化と歴史の一部として受け入れられている。
そのことが誇らしく、嬉しくてたまらなかった。










この街の何よりの魅力は、車どころか自転車さえも見当たらないことだ。
移動手段は限られていて、自分の足で歩くか、運河を利用するかの二択しかない。
運河での移動といえば、定期運航のヴァポレット(水上バス)や観光客に人気のゴンドラ。
どちらもヴェネツィアならではの交通手段で、この街が水とともに生きていることを実感させてくれる。

ゴンドラからの風景。
これぞヴェネツィア。










オール職人・パウロの工房を訪問。
ゴンドラを操るためのオールを手作業で作るその技術は、まさに職人技。
ひとつの道を極めることの尊さを目の当たりにし、深く心を動かされた。
ヴェネツィアという街そのものが、今も職人の手仕事に支えられていることを実感する場所だった。








中村好文さんと町の酒場で一杯。










ブラーノ島の通称「洗濯物通り」
非観光地ではこのようにイタリアの日常がみられる














ヴェネツィアの街並み


























早朝のサンマルコ広場








帰りはヴァポレット(水上バス)に乗り、ヴェネツィア空港へ向かう。
運河を進む船の上から眺める街並みは、言葉では言い表せないほど美しかった。
最後の最後まで、ヴェネツィアは僕の心を掴んで離さなかった。








この旅で感じたこと。
それは「世界の広さ」と「未知の感動」だ。
実際に足を運び、その土地の空気を生で感じ、人々の活気や笑顔に触れることが旅の醍醐味だと心から思った。
ヴェネツィアの運河を歩き美しい建築を目の前にした瞬間、五感がフルに刺激され、言葉では表せない喜びが心を満たした。
この旅が僕に与えた影響は計り知れない。

建築は図面や写真だけでは分からない。
その場の空気、風の流れ、光の入り方、壁の質感、すべてが一体となって空間を形づくる。
人々の暮らしや歴史と共にある建築だからこそ、現地で感じることに意味がある。
ヴェネツィアを歩きながら、建築とは単なる形ではなく、文化そのものなのだと実感した。








イタリアに来てよかった。
旅を通じて、またひとつ世界が広がった。
見るもの、食べるもの、感じるものすべてが心の糧となり、感性を豊かにしてくれる。
これからの人生や仕事にも、この経験が大きなエネルギーとなるだろう。
世界は広い。
もっと多くを見て、もっと多くを感じ、自らの建築観を肥やしていこうと思う。